小説

『武道家たちの恋』川瀬えいみ(『鬼娘』(青森県津軽地方))

 真弓の傷心がわかっているのに、気の利いたセリフの一つも言えない自分が、我ながら情けなく、もどかしい。
 航平はいい奴だ。俺なんかよりずっと。貴子さんだけでなく、真弓が航平に好意を抱いていたとしても、何の不思議もない。
 何といっても、航平は、人の心を思い遣る術を心得ている。
 だが、航平は、真弓の気持ちには気付かないんだ。鈍感なのではなく、謙虚が過ぎるんだろう。航平は、自惚れることのできない男なんだ。だから、自分が好きになった人以外の誰かに、自分が好意を持たれている可能性に思い至らない。それはあり得ないことだと、無意識に決めつけている。
 慰撫の言葉に窮したあげく、俺が真弓の前で話し始めたのは、一つのささやかな民話だった。

「俺の父方の祖父さんの故郷に、『鬼娘』という民話が語り継がれているんだ」
「鬼娘? 冷酷で乱暴な女の子の話?」
「いや。彼女は、気持ちの優しい働き者だった。ただ、身体の大きさが常人の倍もあって、村の者たちに『鬼娘、鬼娘』とからかわれていたんだ」
「冷酷でも乱暴者でもないのなら、そのあだ名はひどい」
 まったくだ。俺は、真弓に頷いた。
「その鬼娘に親切にされた村の若者が、彼女を嫁に迎えたいと申し込んだ。しかし、鬼娘は、若者の求婚を断ってしまう。自分を嫁にしたら、その若者までが『鬼娘の亭主』と馬鹿にされることになるだろう。鬼娘は、そうなることを危惧したんだ。本当は、村でただ一人、自分のことを『鬼娘』とからかわない若者のことを、鬼娘は大好きだったんだがな」
「……」
 互いに好意を抱き合い、身体の大きさ以外にどんな問題もない恋人たちの、すれ違いの恋。

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