小説

『武道家たちの恋』川瀬えいみ(『鬼娘』(青森県津軽地方))

「おまえには、スポーツより武道が向いている」と。
 先生曰く、
「武道とスポーツは、根本的に起源が違うんだ。遊びから発生したスポーツは、勝ったことを大喜びしてもいい。勝つことを目的として、勝敗を決するために対戦するんだから、それは当然だ。だが、武道は、遊びではなく、武士の仕事から発生したもの。危機的状況で生き延びるにはどう振舞うべきかを追求する行為、つまり修行だ。勝って驕らず、負けて腐らず、常に次の攻撃に備えるんだ。武道には、技を終えた後も注意を払い、心を途切れさせない『残心』という言葉がある。武道では、この残心を忘れて勝ったことを喜ぶ態度を見せると、評価が下がり、場合によっては、勝利自体が取り消されることもあるんだ。どうだ? まさに、おまえ向きの競技だろう?」
 あれは、助言というより、部員の少ない弓道部への勧誘だったのかもしれない。いずれにしても、俺は、『勝ったあとに大喜びしなくてもいい』という、その一事に惹かれて、弓道を始めたんだ。
 確かに、弓道は俺向きの競技だったと思う。高校で二段を取り、大学で四段。社会人になった今も、俺は弓道を続けているんだから。
 就職を機に始めた一人暮らしの住まい選びに、弓道場が近くにあることを、第一条件にしたくらいだ。

 武道は、礼に始まり、礼に終わる。他者への感謝と尊敬の念を、決して忘れてはならない。勝って驕らず、負けて腐らず、常に次の攻撃に備えることこそ肝要。
 武道家には、この精神が染みついている。
 社会人になっても弓道を続けている道場仲間は誰もが、俺にとっては付き合いやすい友だちだった。彼等は、感情表現が地味で、喜怒哀楽がわかりにくい俺を、『乗りが悪い』と疎外せず、逆に『落ち着いている』と評価してくれるんだ。
 だから、道場仲間は俺にとって、価値観や精神を共有できる、大切な仲間だった。

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