小説

『武道家たちの恋』川瀬えいみ(『鬼娘』(青森県津軽地方))

 しかし、武道家とて、血の通った人間だ。恋に心を乱されることもある。
 俺の道場仲間に、渡辺航平という男と沢田貴子という女性がいた。
 共に二十代半ば、段位は三段。どちらも気持ちのいい人間で、至極健康。好ましい容貌の持ち主だ。
 その二人が互いに好意を抱き合っているらしいんだが、好一対の二人には、一つだけ難点があった。
 その難点というのが身長差。
 渡辺航平の身長は一六八センチ。沢田貴子の身長は一七二センチ。四センチほど、男性側の背が低かったんだ。
 僅か四センチばかりの身長差。体格の良さが有利に働くとは限らない弓の道を歩む者が、そんなことで思い悩むことがあるのかと、二人の話を聞いた時には、俺は暫時あっけにとられたよ。
 ちなみに、二人の恋愛問題を俺に語ってくれたのは、これまた道場仲間の藤木真弓。俺と同じ四段で、一七二センチの沢田貴子より更に六センチ背の高い、堂々たる女性射手だ。
 二人から別個に恋愛相談を持ち掛けられた真弓は、貴子さんに、
「身長の高低が結果に影響しない弓道を嗜んでいる人間が、何でそんなくだらないことで悩んでるのよ。航平くんが、『自分より背の高い女は好きになれない』なんて言う男だと思ってるの? 彼は、貴子の優しさや素直さを、誰よりもわかってくれてる人だよ!」
 と発破をかけ、航平には、
「弓道でも、人生でも、大事なのは、背の高さ低さじゃなく、心の強さと大きさでしょ。貴子は、航平くんの強さも優しさも誠実さも、しっかりわかってくれてる子だよ! さっさと気持ちを伝えに行け!」
 と背中を押し、二人の仲を取り持ってやったらしい。

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