「今日、道場で、『私たち、お付き合いを始めることにしました』なんて、わざわざ二人揃って、礼を言いに来てさ。改まって報告されたこっちの方が照れくさくなっちゃった」
二人が“お付き合い”を始めたことを俺に知らせておく必要があると思ったのか、その日、真弓は、道場帰りに、珍しく俺だけを食事に誘ってきた。
まあ、これまでは、俺と真弓と航平と貴子さんの四人で食事に行くことが多かったからな。航平と貴子さんがくっついたら、あぶれた俺と真弓がつるむことになるのは、自然な流れというものだ。
「お互いに好き合ってて、お似合い。航平くんと貴子が付き合い始めたって、誰も馬鹿にしたりなんかしない。むしろ、誰もが祝福する。そんな二人がさあ、本来なら障害でも何でもない、たった四センチの身長差で、よくあんなに悩めるもんだと、私、驚きを通り越して、脱力しちゃった。貴子がヒールの高い靴を履かなきゃいいだけの話じゃない」
「確かに」
真弓の愚痴に、俺は完全に同意した。
航平はいい奴だ。他人との共感力が低い俺と違って、思い遣りがあり、周囲への気配りもできる。人から信頼される奴だから、集団をまとめる力もある。たった四センチの身長差で告白をためらう必要など、どこにもない。
同じく、たった四センチの身長差を気にして尻込みする貴子さんの気持ちも、俺には理解し難いものだった。航平ほどの優良物件、横から誰かに奪われる前に、さっさとものにすべきなんだ。
「たった四センチの差で、うじうじして……私みたいに十センチも違うっていうなら、ともかく」
「そうだな……」
真弓は、少し酔いがまわっているようだった。
いつも行く店より静かな和食割烹。一組のカップルの誕生を祝し、かつ、真弓の骨折りを労うために、俺は、純米大吟醸を奮発した。
真弓はいつも、節度ある適度な飲酒。量を過ごすこともないし、酒に飲まれることもない。だから俺も、不安なく『奢ってやる』と言えたんだが、今日の真弓は大して飲んでいないのに、少しばかり、いつもと様子が違っていた。
「四センチなら悩めるけど、その差が十センチになると、最初から対象外」
酔って、真弓は、平生の彼女なら決して口にしないことを、言葉にしていた。正気が揺らいでるのに、その姿勢に全く崩れたところがないのは、武道家の鑑と言うべきか。