小説

『凡人』山賀忠行(『杜子春』)

 目が覚めた。目の前は眩しいくらい真っ白でぼやけている。
 ここは?
 現実でも夢でもない中間だと直感が告げた。しばらくすると遠くからの足音の末、横になっている私の足元に真っ黒な人影が現れた。見えるのは輪郭だけ。顔はさっぱり分からない。
「もう少しで現実になったのに」
 そんなことを言った気がする。老人の声であった。人影はゆっくり去っていった。再び視界は真っ暗になり意識が遠のいていく。

 
 次に目を覚ますとベッドの上であった。消毒臭さとつるされた白カーテンから病室だとすぐに分かった。首だけで枕の後ろを見ると奥野隆志の名札がかかっている。大きさはちょうど表札ぐらい。
 足の奥では後姿の白衣の男がスーツの男と話をしている。聞き耳を立てると入院費の話であった。私は急性アルコール中毒で1週間ほど眠っていたらしい。私の支払い能力を懸念していた。改めて孤独を実感した。だが妙な安心感もある。
 ――俺にはこんな人生がお似合いさ……
 自嘲の笑みがこぼれ溜息をつくと白衣の男が私に気が付いた。脇に立つと分かりますかと腕をさする。
「お名前言えますかー」
 大きく息を吸う。さっき見た名札の裏が気になったがすぐに煙のように消え去った。お腹に力を入れる。
「――奥野隆志です」
 はっきりと言ってやった。

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