小説

『凡人』山賀忠行(『杜子春』)

 妻の愛している田辺大樹は私なのだろうか。私として考えていいのだろうか。妻は私が奥野隆志だったら愛してくれるのだろうか……
 自身の存在についても不安になる。
 娘は順調に成長した。首が据わりハイハイをし立ち上がり言葉を発す。初めての言葉はパパだった。僅かに遅れママ。
 妻は少し悲しそうだったが私は嬉しかった。この上ない喜びであった。この気持ちに嘘はない。しかし奥野が足を引っ張る。
 ――いつか娘も別の人間になるのでは……なったところで分からない……もしかしたらもう既に……
 負の感情は娘の成長につれて指数関数的に増大しいつの間にか成長の喜びを追い越した。
 私は体調を崩すようになった。笑顔はなくなり無表情。次第に周りが私を見る目が変わった。
「無理しないで」
「大丈夫?」
 心配の声がかかるようになったが進行速度は変わらない。会話も減り仕事は全くの手つかず。最終的に自室に引きこもり床に臥せるようになった。妻は気を使い、娘を連れ実家に帰った。

 
 ある日の晩、突然全身に力がみなぎった。がばっと起き上がると無心で冷蔵庫に向かいウイスキーの瓶を取り出す。蓋を外すと一気に流し込んだ。体温は急上昇する。フラフラと何とかベッドまで歩きそこで倒れた。

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