小説

『私と、あたしの手袋』ウダ・タマキ(『手ぶくろ』)

 その次の日もおばあさんはそこにいた。
「よしっ」
 ふぅぅっと白い息を吐き出した私は、あえて左手に手袋をはめてから、おばあさんに声をかけた。
「こんばんは」
「はぁ、こんばんは」
 予想どおりだが、おばあさんは私のことを覚えていない。
「これ、お揃いですね」と、私は少しだけ左手を挙げた。おばあさんが眉間にシワを寄せ、不思議そうに手袋を見つめた。どんな反応が返ってくるのか怖かったが、意外にもその表情は笑顔へと移ろいだ。
「あらぁ、そういうことね」
 おばあさんは躊躇うことなく私の左手から手袋を外した。
「へっ?」
「ありがとうね」
「ど、どういたしまして」
 訳がわからなかったが、咄嗟にそう答えてしまった。
「夫はいつもあたしを驚かせようとするの。片方だけの手袋をプレゼントするなんておかしいと思ってたら、まさかあなたがもう片方を届けてくれるなんてねぇ」
 おばあさんは両手にはめた手袋を恍惚と眺めた。
「はぁ、良かったですね」
 なんて感心している場合じゃない。
「あのぉ、その手袋……」
「お母さん、そろそろ帰りますよ!」
 私の言葉を遮るように現れたのは中年女性だった。
「あ、すみません。何かご迷惑をおかけしませんでしたか」
 戸惑う私に女性は私に小声でそう言った。
「おばあさんが私の手袋を……」
「えっ? これお姉さんのでしたか。母が先日拾ってきてね。父がプレゼントしてくれたと思い込んでるようで。申し訳ございません」
 女性は慌てて頭を下げた。
「父? ということは?」
「母の夫です。三年前に亡くなったんですが……」
 女性は私の耳元に顔を寄せ「認知症でね、まだ生きてると思ってて。最近は夜になると、こうして迎えに行くって出かけるんです」
「そうなんですね……」

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