小説

『私と、あたしの手袋』ウダ・タマキ(『手ぶくろ』)

 やってしまった。これ、マジでやばいやつだ-
 大切な手袋の片方を無くした。左手だけしか手袋をはめていないのに気付いたのは、玄関でブーツを脱いでいる時だった。
「あれっ!」
 慌てて見回した玄関には、脱ぎ散らかされた不揃いな靴が散乱しているだけでバッグの中にも見当たらない。
 いつだ? 眉間をつまみ、目を閉じる。
 電車を降りて改札に向かい、バッグから定期入れを取り出してピッとタッチ。定期入れをバッグに戻す代わりに手袋を取り出し、歩きながらまずは左手にはめた。そして、駅舎を出たタイミングで右手にはめ、冷たい風を感じる頬に両手をあて「さっむぅっ」と呟いた。左右の頬に手袋の感触があったのは間違いない。その後はコートのポケットに両手を突っ込み、少し肩をあげ背中を丸めて家路を急いだ。
 コンビニの前に差し掛かかり『クリスマスケーキ予約受付中』のポスターに優斗と初めて過ごす聖なる夜を夢想していると、バッグの中でスマホがブルッと震えた。優斗からのLINEだった。「以心伝心!」なんて浮かれた。
 いつも左手にスマホを持って、右手で操る私がLINEを確認したということは、その時点でスマホ非対応の手袋は外していた。そこからスマホをいじりながら歩き、気付いた時には玄関の前だった。
「コンビニ!」
 ブーツをスニーカーに履き替えて玄関を飛び出した。エレベーターがノロノロと四階から下降し始めたのを見て五階から階段を駆け降りる。荒々しい足音が静寂に響き渡った。
 駅から続く商店街のコンビニ前には、夜とはいえ十分な明るさがあった。が、その明るさ故に絶望的で、一瞥して手袋らしきものは見当たらなかった。店員さんと近くの交番にも尋ねたが、拾得物として手袋の取り扱いはないという。
 帰り道の視界はずっと黒いアスファルトに覆われ、火照る体に寒さも忘れていた。
「うわぁぁぁぁっ」

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