毎夜ごと、玄関の扉が叩かれるようになって久しい。
それは私が全てにおいての気力を失い、日がなただ床に横たわっているだけの日々を過ごすようになって、少しした頃からだった。ほとほと、ほとほとと力なく、ともすればその手が扉に触れるか触れないかという弱々しさで叩かれる。
そのごく小さな音でさえまっすぐにこの耳に届くのは、この部屋の中に静寂しかないからだ。私は絶えず室内にはいるけれども動くということはほとんどしなかった。生きる意欲というものがまるでなかった。死ぬことさえ億劫に思われるほどだった。時間の概念もなく重くだるい四肢に任せてそこらに体を転がし、朝も夜もなく暗いここで惰性に任せてただ眠り、それができなくなれば瞼が開くに合わせて静寂だけが満ちる視点の先を見つめるだけだった。
私の中で唯一働く意識というものが保たれなくなりそうになってようやく、周りにあるそれなりのものを口に運び、水で唇を湿らせた。それが済めばまたその場に横になる。それだけだった。何もしたくなかったし、することもまた何ひとつとしてなかった。時折、どういう意識の表れなのか自動的に思い出されるまばゆいばかりの幸福を頭の外に押しやるにはそれしかなかったのだ。
もう手元にはないのに。手を伸ばすことさえ叶わない、見える範囲にさえ存在しないから。渦中にあっても幸福だったが、失くしてなおのこと、それは輝きを増した気がした。無いから欲しいというわけではない。無いということに、痛む胸さえもう私の精神は感知しなかった。私はこの薄暗がりの中にひとりだった。
そのようにして、私の元から去ってしまった幸福とその痛みからそれこそ死ぬ思いで目を逸らし続けていたある夜に、あの音は始まった。