小説

『私と、あたしの手袋』ウダ・タマキ(『手ぶくろ』)

「手袋手袋手袋……」
 俯き加減でぶつぶつ呟きながら歩く私はさながら不審者だ。朝陽に照らされた駅までの道中に、やはり手袋は落ちていなかった。もしやと思って確認した会社のロッカーやデスクにも見当たらず、帰りに立ち寄った百貨店には、ぽい(・・)やつはあったが同じものは売っていなかった。
 今宵も肩を落としトボトボ夜道を歩いていると、閑静な住宅街の路地の前方に人影が見えた。街灯の下、ぼんやりと明かりに照らされているのはおばあさんだった。こんな時間にそこにいるのは違和感しかない。
「あれっ?」
 その右手に青紫色の手袋が見えるではないか。あのコンビニに近く、右手だけ手袋をはめているとなれば私のものである可能性は極めて高い。とはいえ、いきなり声をかけるのは憚られた。一度、前を通過して横目で確認し、もう一度引き返して今度はさらに強い視線を向けた。
 手首付近にブランド名を記した刺繍がちらりと見えた。私のもので間違いない。
 私は意を決しておばあさんに歩み寄った。私に気付いたおばあさんが笑顔で会釈するのを見て、少し安心した。まるで布袋様のような柔和な表情をしている。 
「あのぉ、こんばんは」
「あらっ。こんばんは」
「こんなに寒いのに大丈夫ですか? 」
「ええ、ちょっと人を待ってるんです」
 おばあさんの身を案じるフリをながら、私の視線は手袋を捉えていた。
「そうですか」

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