小説

『魂の愛』永佑輔(『菊花の約』)

 大村と翠は、ときには生身の肉体で、ときには魂となって逢瀬を重ねまくった。ただ、両者が共に魂となって会うことはない。大村が魂になる場合には翠は生身で、翠が魂になる場合には大村が生身で会っていた。と言うのも抜け殻状態になっている方は、ボケーッとしているだけに目や唇が乾いてしまうから、こりゃ体によくないねということになって、魂になるのは交互にしましょ、となったわけだ。
 二人はいつでも会える。いつでも笑い合い、いつでも愛を語り合える。片方が魂となって触れ合えなくても、触れ合っているときよりも触れ合っている以上の愛を感じることができた。文字通り魂で愛し合った。二人の辞書にすれ違いなんて言葉は載っていない。
 そんな折、翠に嫉妬した友達がちゃちゃを入れる。
「夫婦だって、漫才師だって、野生動物だって、ずっと一緒にいればすれ違いが起こるわけじゃん。でも魂で会えるとなるとすれ違いは起きない。だからケンカに発展しない。当然、仲直りはない。仲直りを経験しないカップルの愛は深まらない。深まるわけがない。てことは、深い部分で愛し合えてないんだよ、アンタと大村君は」
 すれ違わないことに不満を覚えるなんて、今の今まで翠は思ってもいなかった。そんなわけで、翠はヒョイと魂になって大村に会いに向かった。
 大村がショックを受けたのも無理はない。幸せの絶頂期に突然、しばらく距離を置こうと翠から提案されたのだから。「距離はすれ違い、すれ違いは愛」というわけの分からないことを言われた大村は、いったい自分のどこに不満があるのか皆目見当もつかず、政治や社会のせいにしようと試みた。とは言うものの戦時中でもなければカースト制度もない。政治や社会のせいにするにはムリがある。と言うわけでいよいよ最終手段、恋愛経験ゼロの親友に相談した。
「翠ちゃんは結婚を待っている」
 これが親友の出した結論だった。とくれば、いよいよプロポーズ……大村がボンヤリ思うようになるのは自然なこと。

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