小説

『魂の愛』永佑輔(『菊花の約』)

 「翠! 俺と結婚してください!」
 大村はプロポーズすべく、何度も何度も片膝を付いてリハーサルしたものだから、膝にタコができた。プロポーズだこができた奴なんて人類初だろうなあ、なんて思いながら、あらかじめ発注していたエンゲージリングを受け取り、そしてジュエリー店の前から翠に電話をする。
「大事な話があるんだ」
 久々の電話に緊張しつつ、大村はそう切り出して、高級レストランでの待ち合わせ時刻を告げた。
 いつも用事があるときはヒョイと体から抜け出してパパッと告げていたものだから、翠は久々の電話に新鮮さを感じた。けれど「大事な話」に心を躍らせることはなかった。風邪でも引いてすっぽかす口実ができればいいな、とさえ思って水風呂に入ったけれど、今日は季節外れの猛暑日、気持ちいいだけだった。
 大村が待ち合わせ時刻を告げて電話を切ったときだった。何やらジュエリー店が騒がしい。ガラスが割れる音なんかしちゃって、人が叫ぶ声なんかしちゃって、警報なんか鳴っちゃって。
 すると大村の目の前をスタコラサッサ、ポスター左上の男が走ってゆく。次いで警備員が出て来て、周囲を見回し、ピタッと目を止めた先に大村の間抜けヅラ。
「あ、犯人」
 大村は柔道技で制圧され、気付いたときには警察署で取り調べを受けていた。

 他方、水風呂上がりの翠は、高級レストランのドレスコードに見合う服を引っ張り出すのが億劫で仕方がない。
 そのとき、ピンポンと呼び鈴が鳴る。
 玄関を開けた途端、目の前に警察手帳を突きつけられた。翠は髪も乾かぬうちに、ポスター左上の男を匿った容疑で連行され、気付いたときには警察署で取り調べを受けていた。

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