小説

『人格が入れ替わらない物語』永佑輔(『とりかへばや物語』)

 「やばっ、遅刻する!」
 花子は食パンをくわえながら家を飛び出し、初めての道の初めての角を曲がった。いわゆる朝メシダッシュだ。そのとき、はしたない食べ方をしたバチでも当たったのだろうか、見知らぬ男子とぶつかってしまった。花子は今もこの光景を忘れられない。忘れるわけがない。その男子も朝メシダッシュをしていたのだ。
カップうどんを食いながら。

「まずっ、遅刻する!」
 太郎はカップうどんを食べながら家を飛び出し、いつもの道のいつもの角を曲がった。いわゆる朝メシダッシュだ。そのとき、下品な食い方をしたバチでも当たったのだろうか、見知らぬ女子とぶつかってしまった。太郎は今もこの光景を忘れられない。忘れるわけがない。その女子も朝メシダッシュをしていたのだ。
 食パンまるまる一斤を食べながら。

 尻餅をついた花子と太郎は、「いてて」と口にした後、思わず互いを指す。
「私たち/俺たち、入れ替わってるぅ!?」
 叫ぼうとしてやめた。入れ替わるわけがないから。
「痛いな!」
 二人は同時に叫んだ。そして同時に足元に視線を落とす。するとカップうどんに食パンの浸った〈食パンinカップうどん〉ができあがっている。
「食パンとカップうどんが融合した新触感食品が、できあがってるぅ!?」
 叫ぼうとしてやめた。いかにも食い合わせが悪そうだから。
 二人はそれ以上の会話をせずに学校に向かった。

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