小説

『魂の愛』永佑輔(『菊花の約』)

「この強盗犯に似てますね」
 重要指名手配犯の写真が羅列されているポスターを指しながら、唐突に話しかけてきたのは篠村翠だ。地下鉄のベンチでたまたま隣に座った赤の他人によくもまあ言えたものである。
 確かに大村誠は駅に貼られているくだんのポスターの、左上に写っている連続強盗犯に似ていると言えば似ている。しかし年齢も違うし、東北訛りもないし、アゴのほくろもない。それに逃亡犯は北へ向かうという法則があるため、数年間も捕まっていない男がスーツにネクタイ姿で東京の地下鉄に乗る可能性は極めて低い。ほぼゼロだ。
「よく言われます」
 大村が怒らずに笑って受け流したのは言われ慣れているからでもあるが、わりかし翠が好みのタイプだったから。とは言うものの、翠とはそれ以上の会話をせずにその場を去った。と思ったら、初めての取引先に翠がいたものだからこれも運命、というわけで連絡先を交換、何度かのやり取りを経て、数回の食事を済ませ、いよいよ交際するにいたった。

 付き合って半年ほど経った頃だろうか。
「バイバイ」
 翠は自宅玄関から大村を送り出してカギを閉め、さて、歯を磨いてお肌のケアをして寝ようかなと振り返ると、今さっき送り出したはずの大村が立っている。いやいや、大村じゃない、大村のわけがない。例のポスター左上の男、連続強盗犯、重要指名手配犯だ。
途端、翠は圧倒的な恐怖に支配されて、ブルブルと手が、ガクガクと足が、ガチガチと歯が震え、一歩も動けない。
ところがその男は底抜けに明るい笑顔を向ける。
「俺だよ、俺。誠」
 男の声は紛れもなく翠の恋人、大村誠の声だった。大村誠そのものだった。
しかし翠は、にわかには信じられない。だって大村を送り出したばっかりなんだもん、いるはずない人なんだもん、いちゃいけないんだもん。

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