小説

『人格が入れ替わらない物語』永佑輔(『とりかへばや物語』)

 転校生の花子は廊下で待たされることになった。これから生徒たちに紹介されるというわけだ。
 教室の机に着いている太郎は、廊下で待っている転校生が気になって気になって仕方がない。
「入って」
 担任の教師が呼ぶと、ガラッ、教室の扉が開く。
「アンタは/お前は、今朝の……」
 花子は叫ぼうとしたが、やめた。太郎も叫ぼうとしたが、やめた。だって太郎の前に現れたのは花子じゃなかったんだもの。それもそのはず、同じ学校に通うのであれば同じ角を同じ方向に曲がるわけで、ぶつかるわけがないんだもの。そもそも花子は女子校に通っているし、太郎は男子校に通っているんだもの。

 できたてホヤホヤの友達が、学校から花子宅までの近道を教えてくれた。さっそく花子はその道中にある神社を通って帰宅する。
 学校をサボった帰宅部仲間から太郎のスマホに『今からウチ来いよ』との誘いが入った。太郎は馴染みの神社を通って友人宅に向かう。
 太郎が神社の階段をチンタラのぼっていると「キャ!」と短い悲鳴が聞こえる。ハタと見上げると、花子が転げ落ちて来るではないか。太郎は咄嗟に花子を抱き受けたものの、帰宅部エースの非力を舐めてもらっちゃ困るといった具合に、こらえきれず、抱き合いながらゴロゴロと転がり落ちた。
「いてて」
 二人は同時に起き上がり、おのおの右肘の擦り傷を確認し、ようやく互いの顔を見て、ギョッとした。体が入れ替わってしまっている。いや違う、人格と言った方が相応しい。二人は人格が入れ替わってしまったのだ。花子が太郎で、太郎が花子になってしまったのだ。
 二人は互いを呆然と見つめることしかできない。不思議なもので、本当に入れ替わると声が出ないものらしい。

 翌朝、花子の体をした太郎、つまり〈太郎 in 花子〉は女子校に登校した、登校する他なかった。昇降口に着くと、吹奏楽部の奏でる音が耳に入る。太郎は音楽に興味なんてなかった。のみならず、スポーツにも小説にも漫画にもアニメにもゲームにも食べ物にも飲み物にも芸能にも政治にも社会問題にも……とにかく興味を持てず、帰宅部甲子園があったら優勝確実の無趣味人間だった。けれど〈太郎 in 花子〉になってから音楽が好きだ、音楽に触れていたい、と強く感じるようになっていた。てなわけで吹奏楽部の入部テストを受けてみる。希望は花形アルトサックス。この女子校の吹奏楽部は超強豪、少しでもミスったら最後、希望楽器どころか入部すら叶わない。ところが〈太郎 in 花子〉は課題曲をなめらかに奏でてアッサリと入部を決めた。

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