小説

『魂の愛』永佑輔(『菊花の約』)

 玄関の外でボケーッとしている大村と、リビングでドヤ顔をしている大村を見比べて、翠はようやく目の前の男が大村だと信じるにいたった。とは言うものの、さすがに実体のない魂だけあって、リビングでドヤ顔をしている大村に触れることはできなかった。手を握ろうとするとフッとすり抜けてしまうのだ。
 以来、大村は遠出したときには必ず魂となって翠に会いに行った。翠が遠出したときにも魂となって会いに行った。

 その数週間後、不思議なことが起きた。
「バイバイ」
 大村が翠を送り届けた帰りのこと。車線変更するために左のサイドミラーを見やると、さっき送り届けたはずの翠が助手席に座っているじゃないの。
「シートベルト閉めてね。あ、ちゃんと閉めてるか……って言ってる場合か!」
 大村はツッコんで、見せる必要のない余裕を見せるつもりだった。ものの、なぜ助手席に翠がいるのか、走行中の車にどうやって乗り込んだのか、いったい何が起きているのか、パニック状態になってワイパーを動かしてしまった。
「事故るよ」
 翠の指摘を受けた大村はようやく正気を取り戻して、車を路肩に停めた。が、停めた拍子にニャンコを轢きそうになって、「停めなきゃよかった」とつぶやいた。
「私も魂が抜けるようになったみたい」
 そうなのだ。何が何でも会いたい、まだバイバイしたくないという思いが募ると、翠も魂がヒョイと抜けてしまう体質になったのだ。
 大村はことの真偽を確かめるべく、翠の手を握ろうとした。するとフッとすり抜けた。本当に魂が抜けるようになったのだ。
 ワッシャワッシャワッシャ、ワイパーが音を立てている。

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