小説

『手鞠歌』洗い熊Q(『キジも鳴かずば』(長野県長野県))

 思わずはぁ? という顔を自分はしてしまう。
 妙な言葉の選択だが言いたい事は間違いなく伝わった。
 ただ僕が驚いてしまった訳は、その口調から見た目よりも彼女は幼く感じとれ、そしてちゃんと生きた人間だと分かったからだ。
「ああ……ごめんなさい。悪気があって撮ってたんじゃないんだ」
「ママ上にいってポリス呼びますよ、ポリス」
 ママ上って……ませているのかそうでないんだか。かなり変わった子だと思えた。
「ごめん、ごめん。お、お母さんと一緒なら早くお母さんの所に行きなよ」
 そう言われ女の子が目を真ん丸くしたと思ったら、急に振り返ってバッと指差した。
 何だと見たら少し先の道脇で数人の女性が談笑をしている。雰囲気的には若いお母さん達という印象だ。
 その内の一人の女性が同じ印象というか、色は地味でもふあふあとした、時代錯誤かと思う中世時代にも似た服を着て笑っているのだ。
 アレが普段着か?? もうそれだけでお母さんだと分かった。この子の服のセンスはあの親あってのものだと。
 何か聞こうと思った時には女の子は僕を振り見もせず走り出していた。母親の元に行ったのだ。
 追い掛けて母親に尋ねても良かったのだろうが、自分の中で確信がなかった故にその気になれなかった。
 娘さんの鞠唄が人の死を呼び込んでいる、何てそんな事を。

 だが後で後悔する。
 実はその時、女の子が鞠を突いていた場所が病院の前。そこで誰かが死んだとしても、まあ病院だ。誰かがお亡くなりになっても差程に奇妙ではない。
 しかし翌日、その病院で看護婦が刺され亡くなったというニュースを知れば結びつけずにはいられない。しかも同僚の医師に刺されたらしい。
 大騒ぎする報道を横目に、暗くなるよりもじわり湧き上がる恐ろしさが自分の中にあった。

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