小説

『手鞠歌』洗い熊Q(『キジも鳴かずば』(長野県長野県))

 少し冗談交じりの気もあったのが、その子の存在が本気に思うまでになったのは事実だ。
 その時も女の子は変わり映えしないマンション前で鞠を突き、唄う。
 そしてその次の日には、マンションから女性が飛び降り自殺をしたという現場を通り掛かって知ったという経緯があるからだった。

「いあっといっすおるおく~
 おみっちふっそおど~
 おえあも、いあっといっすおるおく~」

 今度見かけたら動画に残そうと考えていた。今はこっそりとスマホを構えて彼女を撮っている。
 これは完全に盗撮だな。
 誰かに注意されたどうしようか。論文の為です。そんなの何の説得力もない。変質者と思われ通報でもされたら論文処ではない。
 しかし日を置かず女の子と出会したのは運命だ。逃す訳にはいかない。
 複雑な心境で挙動不審を直隠しながら撮影していると、急に女の子が鞠を突くのを止めて自分の方に駆け寄って来た。
 そして指差しながら僕に言う。

「個人じょうほうのしんがいだ。撮影おやめてください」

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