小説

『水底のうた』裏木戸夕暮(『大漁』金子みすゞ)

『イワシはね、大きな群れを作って外敵から身を守るんです。
 外側の何匹かは捕食されても、内側の仲間を守る。
 弱い魚なりの生き延び方なんです。種の存続の為に』

 水族館のスタッフの話が胸に焼き付いた。
(弱い魚の生き方)
 水槽の前に立ち尽くした。

「その時に思ったんだ。サメやカジキじゃない生き方もあるって」
「優はさ。魚で言うならステンレスの鱗を持っててジェット噴射で爆進するような魚だよ。トビウオみたいに宙も飛べる。でもまぁ、それを他人にも強要するのは違うよな」
「俺はイワシでいいって思ってるから、人に負けたら相手を褒めりゃいいし、理不尽なことで頭を下げてもあっちゃー、で済ませることにしてる。まぁそのお陰で、こんなヘラヘラした感じになっちゃったけど」

 夕陽が海に落ちかけている。気づいた孝は傘を畳んだ。傘を持って車を降りる孝を、美鈴は不思議に思っていたが、謎が解けた。
「小さい頃」
「ん?」
「うちのお母さん、私の肌が焼けないように必死だった。そんな事も覚えてたんだね」
「んー・・」
「たい焼きも」
「ん」
「あの車。軽って、孝らしい」
「いやいや、近頃は軽もお高いんですよ」
二人は笑う。
「乗せてくれる?カフェまで送って」
「おう、そのつもり」
二人は立ち上がる。
「今日は、いい事教えてくれてありがとね」
「え?」
「これ」
美鈴は自分の手で耳を塞いだ。
二人は車へ向かって歩き始める。

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