小説

『月と満ちる』ヤマベヒロミ(『竹取物語』)

 「水曜日はフルーツサンドある日じゃん!絶対食べたーい。ね、広太お願い!」
 今日も朝から、美香の無茶振りのワガママが炸裂する。
 「しょうがないなあ。三限終わったら購買部までダッシュしてくるわ」
 「やったあ!ありがとう、広太」
 美香はニカッと笑って、制服の裾を揺らしながらをスキップしている。
 広太は今日こそ美香の無茶振りを制するぞと意気込んでいたが、あっさり負けてしまった。
 「ねえ広太、来月の花火大会一緒に行こうよ」
 「そりゃ行きたいけど。でも、美香の家の門限六時までなんだろ?許してもらえそう?」
 「どうかなあ。とりあえず今度ね、広太をうちに連れておいでって」
 「なんか緊張するなあ、お前の両親めっちゃ厳しいって言ってたじゃん」
 「うん、めっちゃ厳しいよ。覚悟しててね」
 「おお、怖え」
 「花火大会に行けるかどうかがかかってるんだから!」
 「そうだな、そりゃ頑張らないと」
 「あのさ……うちの父さんと母さん、かなり歳いってるけどびっくりしないでね」
 「え?どういうこと?」
 「ほら、前にチラッと話したことあるかもしれないけど……。父さんと母さん、本当の親じゃ
ないからさ。まあ、とりあえず気にしないで」
 「ああ、わかった。気にしない」
 確かに美香の両親は、広太の祖父母と同じくらいの歳に見えた。かなり厳しいと聞いて身構え
ていたが、とても朗らかで、言葉の端々からは美香のことを心底大切に思っているのが伝わってく
る。美香もいつもと違って、両親との会話に静かに相槌を打って微笑んでいる。
 「広太くんは、サッカー部なのよね。この間の試合も大活躍だったって、美香が話してくれた
わ」
 「え、大活躍?」
 美香が慌てて広太の太ももを小突いてくる。話を合わせろという合図か。
 「あ、はい。サッカー部で毎日頑張ってます」
 本当は広太はいつまで経っても補欠のままで、その日は一度も試合に出られなかった。それで
も、サッカーが好きで毎日頑張っていることは嘘じゃない。

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