小説

『神来月』蒼薫(『鶴の恩返し』)

 雨が冷気の針となって降り注ぐ夜、そいつを見つけた。シャッターが閉じた店の前で、横になっていた。高校生、大学生くらいの青年のような少年。寒くて白くなっているのか、もともと肌が白いのか。彼の顔を見ればこのまま死ぬことが高卒の俺でも分かる。

 見たところ傘はない。服は制服じゃなくて、黒いジャージ。いったいどうして死に場所にそこを選んだのか。誰かに見つけてもらいたかったのか。それが俺で良いのか。分からないが〝助けて〟と、唇が刻んだ気がしたから、俺は傘を捨てた。そいつを拾った。背負ったらスーパーで買う米袋の方が重く感じた。どう見たって10kg以上はあるはずなのに。

歩き始めて数分、家までもあと数分「ありがとう」と言う声が耳元で囁いた気がした。

 家に着くと言葉が通じるくらいに、そいつの意識は戻っていた。服を脱がしてシャワーを浴びせて、一緒に風呂に入った。お湯に浸すと膨らむ何かの如く、そいつはどんどん元気になった。ただ、飯だけは食べなかった。カップ麺を食う俺を見ても空腹を鳴らさない。

さて、なにから聞いたものか。家での理由。名前や住所。親や学校。それらを聞くのは警察の役目か。逆に彼だって俺に色々聞きたいかもしれない。
神経質な俺と違って、彼は気さくだった。大人しそうな見た目のわりに、どんどん話しかけて来る。

 「お兄さん。1人暮らし?」
 「そうだよ」
 「じゃあ泊っても良い?」
 「ワンルームで良ければ」
 「ありがとう。お兄さん優しいね」

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