小説

『神来月』蒼薫(『鶴の恩返し』)

 彼は抱き着いてきた。人間というよりは大型犬のようで、俺も不快感はなかった。当然だが、さっき背負った時よりも温かい。そして重かった。米袋よりも確かに重かった。

 その日俺は床で寝た。だが途中で目を覚ますと、彼は俺の真横で寝ていた。空のベッドが俺を誘う。幸い明日は休みだが、彼が床を望んだのなら良いだろう。俺がベッドへ行くと、足に何かが食らいついた。いや、彼の腕が抱きしめていた。

「いかないで。いくなら僕も連れてって」

 寝ぼけているのだろう。そう思い振り返ったが彼と目が合う。暗闇の中、消えそうな光を灯した瞳が、俺を見ていた。無言で手を差し出すと彼はそれを握って、ベッドへ上がった。横になり、俺の背中に張りついた彼はいびきをかいていた。俺は寝れなかった。うるさかったわけではない。そのコバンザメがうっとうしかったわけでもない。ただ、知りたくなった彼の素性が見えてきてしまったようで、辛かった。外で死のうとしていた彼の理由を察してしまった。親のことを、家族のことを聞かなくて良かったと思う。きっと彼は独りなんだろう。

 次の日、彼に名前だけ聞いた。「カンナ」と言っていた。10月にでも生まれたのだろうか。たまたま目に入ったカレンダーの神無月を見て思う。後一週間で11月になるけれど。

 出会ってから3日経ってもカンナは帰ろうとしなかった。彼は俺の家にある漫画を読み、ゲームで遊んで過ごしている。俺が仕事でいない時にもきっとそうだろう。だが、気になることが1つある。それはカンナが食事をしないことだ。いや、きっと知らないところで食べているはずだ。でも冷蔵庫の中身も、カップ麺もちっとも減っていない。手料理なら食べるだろうかと、5億年ぶりに味噌汁を作ったが飲まなかった。外食にも連れて行こうとしたが、カンナは嫌がった。

 いったい彼はいつ食事をしているのか。俺は初めて彼のことをもっと知りたいと思った。本人はいつも元気だから何かを食べているんだとは思う。元気と言えばカンナはスキンシップも激しい。外国人のようにハグをするし、家にいるときはいつも俺にくっついている。本当に犬のようだ。

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