小説

『月と満ちる』ヤマベヒロミ(『竹取物語』)

 相変わらず門限は六時のままだったが、少しずつ信頼してもらえるようになったのか、花火大会の日だけは、特別に門限を九時まで延ばしてもらえることになった。

 花火大会当日、広太が迎えにいくと浴衣姿の美香が恥ずかしそうに出てきた。
「どう?似合ってる?」
「うんうん、めちゃくちゃ似合ってる!」広太は照れながらも、大袈裟に褒める。
「広太くん、美香をお願いね」
 美香の母は不安そうに広太に言った。
「はい。ちゃんと九時までに美香を家まで送りますんで」
 美香の母は、広太たちが見えなくなるまでずっと、玄関先から手を振っていた。

「広太は何が食べたい?」
 珍しく美香が広太に聞いてきた。いつもなら、あれが食べたい、これが食べたい『ね、お願い!』と広太を振り回すのに。いざ、逆に聞かれると少し調子が狂う。
「そうだなあ、美香は?」
 広太は結局、聞き返してしまった。
「じゃあ、りんご飴食べよう」 美香は少し先の出店を指差した。
 やっぱりイカ焼きが食べたいって言えば良かったと広太は少し後悔したが、浴衣姿でりんご飴を食べる美香の姿を想像すると思わず頬が緩んだ。
 美香はりんご飴を食べた後も、たこ焼きをひとつおまけしてもらった時も、射的で景品を射止めた時も、花火を見る間もずっと元気がなかった。いつもなら、気になるものを見つけては無邪気にはしゃいで駆け寄っていく美香を、広太が必死で追いかけるのに。

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