小説

『月と満ちる』ヤマベヒロミ(『竹取物語』)

「満月きれいだね」
 美香は不意に空を見上げて言った。
「ああ、きれいだな」
 花火よりも満月かよと広太は独り言ち、少し不満気に応える。
「もう八時すぎだね、そろそろ帰ろうか」
「え?まだ時間あるじゃん。せっかくだし、もうちょっと出店を巡ってみようぜ」
「うーん、今日はもう帰るわ。ごめんね」
 ごめんね、なんて美香の口から初めて聞いたかもしれない。
「わかった、じゃあ家まで送るよ」
「大丈夫、まだ八時だし。人通りも多いし」
 せめて家の近くまではと広太も食い下がり、家の手前の角まで美香を送っていった。美香は「ごめんね、また明日」とだけ言って、そのまま角を曲がって行ってしまった。

 広太はモヤモヤした気持ちを抱えたまま家に帰ると、しばらくして携帯電話がなった。
「広太くん、まだ美香と一緒に居るの?美香に電話をかけても出ないし、もう九時過ぎなのに帰ってこないから……」
 電話口で美香の母が心配そうに言った。
「美香、帰ってないんですか?八時すぎに家の近くまで送ったんですけど」

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