小説

『月と満ちる』ヤマベヒロミ(『竹取物語』)

「そうなの?何かあったのかしら。どうしましょう、もし美香に何かあったら……」
「とりあえず僕、探してみます!」
 広太はそのまま家を飛び出して、美香の家の方へ向かった。何度か美香へ電話を鳴らしてみるが出ない。
「美香ー!美香ー!」
 広太は美香の住む住宅街を隅から隅まで走り回った。もう一度電話を鳴らしてみる。どこからか、かすかに聞き覚えのある着信音が聞こえてきた。間違いない、あれは美香が広太からの着信音に設定している曲だ。広太は必死で着信音の聞こえる先を探す。
 その音はどうやら、住宅街の裏にある竹藪から聞こえているようだ。広太は鬱蒼と生い茂る竹の葉をかき分けながら、夢中で音の鳴る方へ突き進んだ。

「美香……?」
 そこには、一本の竹にそっと背中を寄せて佇む美香がいた。暗がりのなか、夜空からこぼれ落ちる一筋の月明かりが、美香をほのかに照らし出している。その姿はあまりに神秘的で、まるで月と一本の糸で繋がっているようだった。広太は息を殺し、思わず立ち尽くした。
 そのままゆっくりと美香に近づき、そっと声をかけた。
「美香、ずいぶん探したんだぞ。一体こんなところで何してるんだよ」美香はうっすらと目を開け、呟いた。
「充電中」
「え?充電中?」
 それ以上何を聞いて良いか言葉が見つからず、広太はじっと美香の次の言葉を待った。ところが美香は再び静かに目をつむり、竹にそっと手を添えた。

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