小説

『水底のうた』裏木戸夕暮(『大漁』金子みすゞ)

「で?いつまでこっちに居るの」
 母親はテーブルに息子の好物を並べながら尋ねる。肉じゃがとイワシの蒲焼。
「明日は別の同級生たちと飲み会があって、明後日が披露宴で。その後有給で週末と繋げてある。向こうに早く帰ったほうがよければ帰るよ」
「別に好きなだけ居ればいいけど、その・・優君のお母さんに会ってね。こっちに居る間、よかったら飲みにでも誘ってやって下さいって言われたのよ」
「あいつも帰省してんの」
「・・何も聞いてないの?」
 優は体調を崩して暫く前から実家に居るらしい。
「殆ど外へ出ないみたいで、あたしも最初気づかなくってね。まぁお酒に誘ってって言われた位だから、体の病気ではないんだろうねぇ」
「外資系のいい会社に入ったって聞いてたけどな。俺が誘っても来るかなぁ」
 孝はスマートフォンを操作する。
「既読つかないわ。連絡先も変わってるかも」
 それでも母親はほっとした様子で
「いいのよそれで。今度会ったら、連絡がつかなかったみたいですって言えるから。ありがとね」
 次の日、孝は知らなかった話を更に聞くことになる。

「婚約?優と美鈴が?」
 居酒屋には男女数人の同級生が集まっていた。
「あー・・・意外と知らないかもなって思ってたんだけど、やっぱりか」
 当時クラス委員だった男が教えてくれた。
「優君がアレだったからねー」と、元女子が言う。孝が怪訝な顔をすると
「高校の頃から束縛が酷くて。スマホから男子の連絡先消されたって言ってた」
女性陣によるとGPSで居場所は常に把握され、毎日定時連絡を強制されていたらしい。
「婚約は短大の在学中だったかな。あ、先に言っておくけどもう破談になってるから」
「はぁ?」
「まぁ順に聞いてよ。婚約もねぇ、美鈴は迷ってたけど優君が強引だったみたい。美鈴の親も
向こうの家柄がいいもんだから前のめりになっちゃって」
「婚約すれば落ち着くかなって言ってたけど、一層束縛がキツくなって最後は美鈴に暴力振るって破談」
 元クラス委員がチラ、と孝を見る。

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