小説

『水底のうた』裏木戸夕暮(『大漁』金子みすゞ)

「実はさ。昨日優に会った」

 孝は手短に話した。
 始めは連絡がつかなかったこと。後日優の母親が呼びに来て家まで行った事。
「馬鹿にしてんのかって怒鳴られた。優のお母さんまで余計なことすんなって怒鳴られてたよ。美鈴のことは何も言ってないから安心して」
「あ、危ないよ・・良かった。手を出されなくて」
「怒ってたけど、泣いてるみたいにも聞こえた。会社で何かあったらしい。何でも出来るだけに、負けた時の生き方が分かんないのかもな。俺に聞けよって、負けっぱなしなんだから」
 あははと笑う。
 美鈴はため息をついた。
「私も何度か頼まれて・・それで逃げて来たの」
「え?」
「息子を慰めて欲しいって。あんなことしといて何言ってんのって感じ」
「多分それ、優は言ってないと思うぞ」
「そう思う。プライド高いし。優君のお母さんって過干渉だよね」
「それでか・・・転地療養的な何かかと思ったわ」
「あはは。体は元気だって。大丈夫」
 美鈴は笑う。孝はその笑顔から目を逸らした。
(元気なら、波を泣き声とは言わないだろ)
「イワシトルネードって知ってる?」
 美鈴は知らなかった。

 小6の時。
 校外学習で水族館へ行った。昼食を挟んで自由行動をし、好きな魚をスケッチして提出するというものだった。
 孝の足が、ある水槽の前で止まった。
 銀の渦巻き。イワシトルネード。

1 2 3 4 5 6 7 8 9