小説

『水底のうた』裏木戸夕暮(『大漁』金子みすゞ)

 階段に腰掛けて海を見つめる。
「ごめんな。折角休養してるのに」
「いいの。別に病気じゃないし」
「叔父さんちに居るんだって?良いとこだな。釣りとかし放題」
「釣りするの?」
「しねーけど」
 美鈴が笑う。
「たい焼き、あんことクリーム入ってるから」
「ありがと。孝君、どっち?」
「俺はいいよ」
「でも」
 美鈴がふと気づく。
(そういえば、甘いものは好きじゃなかった)
 同時に思い出す。このたい焼きは小さい頃自分の好物だったことを。
 孝が傘を取り出し、ポンと開いて日陰を作った。
 頬を撫でる風が涼しくなった。
「・・・誰かに事情は聞いた?」
「うん。ごめん。知らなくて」
 美鈴は暫く黙った後、何処で歯車が狂ったか分からないと言った。

「最初は嬉しかった。付き合おうって言ったのは向こうだったし」
 孝は黙って聞く。
「段々息苦しくなって・・・」
 優は美鈴へ色々と要求するようになった。もっと可愛くなって欲しい、もっと成績を上げて自分と同じ大学へ行って欲しい。
「親公認になると、逃げられない感じになって。大学が別になったら自然に別れられるかなって思ったんだけど」

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