小説

『水底のうた』裏木戸夕暮(『大漁』金子みすゞ)

「お前ん家のマンションじゃ有名だと思うけど、聞いてないんだな。優の父親が美鈴の家に行って、訴えるのだけはやめてくれって玄関で土下座した話」
「いや、聞いてない」
「・・・まぁ、良い話じゃないしね」
 孝の母と美鈴の母親は元々仲が良かった。
 知らない筈はないが、幼馴染だった息子の耳に入れるのは遠慮したのだろうか。
 どれもこれも呆然とする話だった。
 他の同級生が
「まーまー、その辺で。孝は明日披露宴に行くんだろ、目出たい事の前にする話じゃないし」
と話を変えた。
 場は和やかさを取り戻し、昔話で盛り上がった。
 皆は二次会に流れるようだった。孝は早めに席を立った。
 帰る前に女子の一人から美鈴の連絡先を聞いた。

 その三日後。

 海辺の町に一台の軽自動車が停まった。運転席を降りた孝が片手を挙げる。
「よ」
 バス停のベンチに座っていたのは、美鈴だ。
「これ土産」
 美鈴にビニール袋を渡す。
「○○堂のたい焼き」
 美鈴は黙っている。
「ここで食う?車でもいいけど」
「・・浜に行こう」
 やっと、口を開いた。

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