小説

『太閤虎と犬』なるみ(『大阪城の中のとら』(大阪))

 「えぇぇぇ!? 喋ってるやん! りき!」
 「せやなぁ。イケたな」
 「いや、イケたなぁ、て。お前、喋ることができんのか?」
 「今、喋れるようになったんですわ」
 「今? 何で……急に?」
 「それはわかりゃあしまへん。わかりゃしまへんがなぁ、なんの因果がわかりまへんけれども。徳八さんと、こうやって会話して意思疎通できとる。素晴らしいことや、おまへんか? 神さんからのプレゼントやと思いまひょ」
 「りき……。今初めて喋れたにしては、コテコテの関西弁すぎるな」
 「そんなことより、徳八さん……」
 「なんや?」
 「今から逃げるて話。やっぱり、やめときまへんか?」
 「なんでや! 俺はお前と今から夜逃げするんや。ほんで、どっか遠くの、誰も知らん土地で、二人っきりで暮らすんや」
 「ほんまに言うてはんのか?」
 「当たり前や!」
 「徳八さんな、冷静に考えておくんなはれ。そんなもん無理に決まってますやろ。太閤殿下の命令ですよ? その辺の侍とはわけが違います。逃げても逃げても、追いかけてくるに決まってる。日本中探されますよ。逃げられるわけありゃしまへん」
 「ほな、どないすんねん!」
 「明日……。大阪城に連れて行っておくんなはれ」
 「りき……、お前……」
 「もう、ええんです。アッシは十分生きさせてもらいやした。徳八さん……。五年前のあの雪の日、覚えてはりますか? 真冬に大阪城の堀の近くで捨てられて、アッシは空腹で動かれへんようになって、凍え死にそうになってた。偶然通りかかった徳八さんが、捨て犬のアッシを拾てくれた。雪や雨や泥にまみれた、小汚いアッシをなりふり構わず、さらの綺麗な着物の懐に入れて温めてくれましたな。あの時の肌の温もりと言うたら、もう……、一生忘れられまへん」
 

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