小説

『蜘蛛の糸 その後』門外不出(『蜘蛛の糸』)

「うっかりしていただけだ。閻魔の権限を蔑ろにするつもりなど、もとより無い。ああ、どうしたものか」
 釈迦如来は頭を抱えています。
 弥勒菩薩は痛ましそうな表情を顔に貼りつかせたまま、カンダタという亡者について考えていました。
 本来なら56億年後の釈迦如来の退場まで待たなければならなかったのです。すぐに舞台に上がれる機会を与えてくれたカンダタにはそれ相応の礼をしなければならないと。

 その日のうちに天照大御神から釈迦如来と閻魔大王に呼び出しがかかり、お裁きがくだりました。その結果は、釈迦如来と閻魔大王との職務交換でした。
 業務に対する理解が足りないとのことで、釈迦如来は閻魔大王が行っていた地獄に来る罪人への裁きと、鬼たちの管理も含めた地獄の運営を行うよう申し渡されました。
 閻魔大王は逆に釈迦如来の職務を委託されました。極楽の運営です。実際には昇格した弥勒如来が実務を行っているので仕事はありません。これまでの釈迦如来と同様に散歩をするくらいです。

「閻魔大王」
「何だい、弥勒如来」
 閻魔大王は釈迦如来よりも堅苦しくなく、弥勒如来にとっては仕えやすい上司でした。

「今地獄にいるカンダタですが、罪は全て償っていて輪廻転生待ちとのことですので、極楽に来てもらってもいいのではないでしょうか」
 閻魔大王は弥勒如来の意図が分かりませんでした。
「極楽に?」
「ええ、彼は良い仕事をしましたから」
 閻魔大王は弥勒如来のその答えで、わかりました。
「いい考えだ。良い仕事には良い報酬が必要だな」

 こうしてカンダタは蜘蛛の糸を使わずに地獄から極楽に行き、輪廻転生を待つ間、面白おかしく過ごしました。
 そのカンダタの様子を閻魔大王も弥勒如来も注意深く見つめており、二人は同じ意見となりました。

1 2 3 4 5 6 7 8