御釈迦様はそこで気が付きました。
蜘蛛を助けた功徳で極楽に来られるのなら地獄に落とした最初の判断は間違いであり、蜘蛛を助けた功徳があっても地獄に落とすことがふさわしい罪状なら蜘蛛の糸を垂らしたことが間違いであると。
誰かの判断に間違いがあり、御釈迦様の判断が問われる可能性も高くなりました。
御釈迦様にとって、自らが過ちに関わっている可能性があるということが不快でした。
「罪人が何を言うのか」
カンダタは御釈迦様の言を鼻で笑い、応えました。
「俺が言っているのは簡単な話だ。閻魔大王の下した判決に間違いがあったのか、釈迦如来の慈悲に間違いがあったのかの、どちらかということだ」
地獄はすっかり静まり返っていました。何と罪人が極楽の住人である釈迦如来の罪状を糾弾しているのです。
罪人達に責め苦を与える鬼達も、戸惑ったまま事の成り行きを見ていました。
「いい加減にしろ、罪人カンダタよ。罪人と私が対等に話すことすらおかしなことだ。おとなしく血の池に沈んでおれ」
御釈迦様のうろたえた答えに続いたのは、地の底から響くような声でした。
「オレの判決が間違っていたっていうのは、聞き捨てならないね。カンダタが蜘蛛を助けた件も含めて、カンダタの人生で起こった全てのことに対してオレが判決を下し、こいつは地獄にいる」
カンダタの横には、メガネを掛けたまだ若そうな学者風の女が立っていました。
「閻魔大王」
カンダタはそう言うと頭を下げました。
「すでに大王は何もかもご存知かと思います。俺の居場所が地獄なら、釈迦如来の気まぐれで起こされた無慈悲な罰についてご配慮いただければと思います」