小説

『浦芝』太田純平(『浦島太郎』『芝浜』(落語)』)

 そう言って妻が食事をテーブルに並べる。ご飯に味噌汁、あとは鮭の塩焼き。自分の稼ぎが悪いせいだが、貧乏が染みつくと、魚が出て来るだけで贅沢だと感じるから恐ろしい。そうだ、贅沢といえば――?
「……!?」
 男は突然ハッとした。そして妻を見た。
「お、俺さ、昨日、帰って来た時、なんか、持ってなかった?」
「ハァ?」
「なんかこう、弁当箱くらいの箱で、ずっしりとした重みのある――」
「なに言ってんの?」
 妻は不機嫌そうに言って、男の箸を食卓に置いた。しかし男は食事には手をつけず、代わりにキッチンに戻った妻へ不思議なことを語り始めた。
「う、『浦島太郎』だよ!」
「ハァ?」
「あの話、本当だったんだよ!」
「『浦島太郎』って、アノ、『亀を助けて竜宮城に行く』って話?」
「あぁそうさ! 俺は昨日、竜宮城に行った!」
「アンタ大丈夫? まだ酔ってんの?」
「俺はシラフだよ! 俺は昨日、砂浜で小さな亀を助けた! 若い二人組にイジメられてんだ! 顔のアザは多分、その時の連中に殴られた時のものだろう」
 妻はそこで「ただ単に酔っぱらって倒れただけじゃない?」と茶々を入れたが、話す男の熱量は変わらなかった。
「それで、問題はそこからだ! 俺が砂浜で倒れていると、そこへウミガメのような、大きな亀が海の中からやって来たんだ! 俺は動けなかったけど、意識は確かにあった! そしてその亀は、俺にどんどん近づいて来て、やがて俺を自らの背中に乗せたんだ! それで、そのまま海の中に入って行ったんだよ! てっきり俺は溺れる、死ぬと思った! だけど不思議と死ななかった! 俺は海の中に沈んでいったのに、呼吸はちゃんと出来たんだ!」
「あぁそう。病院いく?」

 

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