小説

『浦芝』太田純平(『浦島太郎』『芝浜』(落語)』)

× × ×

「いつまで寝てんのよ」
 ぼんやりとした意識の中、妻の声が聞こえた。
「……ん?」
 目を開けると真上に妻の顔があった。
「グータラ!」
「ぐ、グータラ……って、え? なに!?」
 驚いて飛び起きる。
「もう昼過ぎよ」
 妻は呆れながら言うと、ベランダに出て、今朝干した洗濯物の乾き具合を確かめた。外から差し込む強烈な陽光。
「な、なんで? なんでここに?」
 男は寝ぼけ眼をこすると、枕元の目覚まし時計に目をやった。確かに昼過ぎだ。どうなっているんだ。俺は昨日の夜、砂浜で――?
「イテテテテ」
 顔に痛みを覚えて思わず姿見を覗き込む。顔にアザがあった。ベランダの妻に「このアザ、帰って来た時からあった?」と訊くと、彼女は「あった」とぶっきらぼうに答えた。
 昨日のことがイマイチよく思い出せない。「とりあえず顔でも洗ってきたら?」と妻が言うので素直に従った。洗面台で気持ちを奮い立たせるように顔を洗っても、昨日の記憶は曖昧なまま。仕事の件で上司とぶつかった。そこまでは覚えている。それで、いつものように家に帰る前にやけ酒を煽った。ええっと、それから――?
「ご飯どうすんの?」
 リビングのほうから妻の声。
「んー、食べる」
 答えてタオルで顔を拭き、食卓につく。
「残り物しかないけど」

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