小説

『浦芝』太田純平(『浦島太郎』『芝浜』(落語)』)

 男は受け取ると、小箱のずしりとした重みを感じた。そして開けようと蓋に手をかけた時、まるで走馬灯のように、男の脳裏に次々と記憶が蘇ってきた。
「ま、まさか――?」
「えぇ。あの時、あなたが持ち帰った小箱よ」
 男は小箱をまじまじと見つめた。横幅は二十センチほど。蓋のほうが身よりも大きい造りになっている。材質はおそらく漆だ。表面には金や銀など宝玉のような模様が描かれている。歴史の教科書にでも出て来そうな、いかにも貴重な手箱である。
「あの日、あなたは確かに箱を持ち帰ったわ。だけど私はてっきり、あなたから私への誕生日プレゼントだと思ったの。だってほら、私の誕生日が近かったから……」
 困惑しながら男が妻に訊く。
「この箱、開けたのかい?」
 妻は頭を振った。
「私への誕生日プレゼントなら、まだ見ないほうがいいって思ったし、それにあなたは、寝言のように何回も私に呟いたの。『箱は開けるなよ、開けるなよ、絶対に開けるなよ』って……」
 記憶の断片が、パズルのピースのようにピタリとハマる。男は竜宮城で小箱を受け取った時、姫から――確か側近に「乙姫」と呼ばれていた姫から――何度も念押しをされていたのだ。「決してこの箱を開けてはなりません」と――。
「それで、最初はちょっとした所に隠していたんだけど、その翌日、あなたは『浦島太郎』の話をしたでしょう? それで私、怖くなって……だってあなたは、冗談を言うような人じゃないから……」
「じゃ、じゃあキミは、この三年間、一度もこの箱を開けずに、僕から隠し通したってことかい?」
 男の問いに今度は首を縦に振った。
「ごめんなさい。だってもし、あなたの言ったことが本当で、全てあの『浦島太郎』の物語通りだとしたら、当然、この箱の中身は――」

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