小説

『なんとなく楽しい日』真銅ひろし(『浦島太郎』)

 ドラマで見るような展開だけれど、いざ当事者になると何て言っていいか分からない。目の前の色黒のおじさんに見覚えは全くない。
「俺、木戸雅史。覚えてない?6年1組で同じクラスだったでしょ。」
「・・・。」
 きど、キド、ひらがなとカタカナに変換し、そして漢字に変換する。けれど思い出せない。
「ほら、今はこんなだけど、背が低くて、細くて、本ばっかり読んでた男子いたでしょ。こうちゃんと家が近かったから集団登校は同じ班だったんだよ。」
「・・・まさ君?」
「そうそう!それ!まさ君がこれ!」
 そう言いながら自分を指差す。なんとなく思い出した。あまり目立たなかったけど集団登校は一緒だった男の子。
「帰りにいっつも図書館行ってた?」
「行ってた行ってた!」
「おお・・・じゃあ本当に同級生なんだね。」
「だから本当だって!」
 まさ君は満面の笑みを浮かべている。本来ならここで「おお!久しぶりじゃん!」とハシャギたい気分だけれど、あまりにも記憶がおぼろげ過ぎてはしゃぐにはしゃげない。
「初め不審者かと思って声かけちゃったよ。」
「まぁ、そうだよね、そうなるよね。」
「本当に懐かしさで来たの?」
「えっと、それは間違ってないんだけど・・・。」
「けど?」
「いや、実はさ・・・。」

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