小説

『傾国』椎名爽(『刺青』谷崎潤一郎)

背中が波打つほどの強烈な快楽が走った。その美貌が苦痛にゆがみ、巨大な蜘蛛が背中にのさばってゆく様は、どれほど美しく愉快だったか。
彼女は俺の方を見据えた。
「気づいてないかもしれないけど、その部屋着、坂本君のなの。坂本君たら可愛いんだ。すごく私に尽くしてくれてねえ。バイトもいろいろ掛け持ちし始めたみたい。私が我儘を言ったせいかな。サークル、来れなくなっちゃったね」
思い出した。坂本の部屋着だ。前にうちに来たとき、これを着てたっけ。飲み会の後、坂本もこうして連れ込まれたのか。
「あはは。ぼーっとしてる。私の後ろのこれ、びっくりしちゃった? …ねえ、清原君。あなたも、この子の肥(こや)料(し)になってくれるよね」
女郎蜘蛛は甘い声で囁き、小さな蜘蛛をとがった舌でちろりと舐めた。いつの間にか日が昇っていた。日の光の中に男を喰らいつくし肥えていく女郎蜘蛛の幻覚が見える。俺はこいつに捕らわれ、狂わされていくのか。
「…もう一度、背中を見せてくれる」
俺が言うと、彼女は黙って頷き背中を見せた。

呼吸とともに女郎蜘蛛が動く。朝日が刺青に差して、彼女の背中は燦爛とした。

1 2 3 4 5 6 7 8