小説

『吾輩の猫である』裏木戸夕暮(『吾輩は猫である』夏目漱石)

「そうそう。確かそれで・・」
「人に騙されて財産を無くしたんだ。残ったのは今から行く家だけだ」
(父さんの過去なんて初めて聞いたな・・いや。違う)
 小さい頃、どうしてお父さんの方のおじいちゃんおばあちゃんは居ないのと訊いた気がする。それきりだ。
 母親の猫アレルギーも知らなかった。
 親に興味を持つことを忘れていた。
(違う。俺は・・)
 自分のことで視界が塞がれていて、周りを見る余裕が無かった。
 いつか部屋で見た、紙袋に頭を突っ込んでいる猫の姿が浮かんだ。

 市街地から車を走らせること3時間。周囲には田畑が広がる。
 曽祖父の家は、入口は平家建てに見えるが、見上げると奥が二階建てになっている。玄関を上がると建築に疎い拓朗でも、框の木材が立派なものだと分かった。
「何度か地震に遭ったが大したもんだ。昔の大工は良い仕事をしたな」
 父がトン、と柱を叩く。
「拓朗見て。ほら、竈があるの」
 台所には漆喰で固められた竈があり、床は土間だ。流し台には細かなタイルが貼られていて、二、三人が同時に使える程幅が広かった。羽振りが良い頃に客が多かったからだと後で聞いた。
「途中でガスや電気に変わったんだ」
 父が懐かしそうに灰の中から火吹き竹を拾う。
 
 手を貸せと言われて奥へ入ると、床が腐ったのか仏壇が傾いていて、父と二人掛かりで手前に持ち上げた。家の中には箪笥や鏡台も残されていた。父と母は引き出しや天袋の中を確認していく。
(本当に処分するのかな、勿体無い)
 色褪せているが襖の絵も立派なもので、床柱も磨けば艶が出るだろう。
 欄間には四季の花が彫られている。感心して見ていると、長押に掛けられた額入りの写真に目が留まった。
「・・・・あっ・・・?」
 ぐるん。
 視界が暗転する。

 ・・・あの夜。垣根の抜け穴を潜った俺は、何処かの庭先に出た。猫は物干し竿の脇をすり抜けて、大きな縁石から縁側へ飛び乗った。正確には縁側に腰掛けている老人の膝の上に。
 挨拶をしようとしたが声が出なくて、俺は金魚みたいに口をアワアワさせた。

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