小説

『吾輩の猫である』裏木戸夕暮(『吾輩は猫である』夏目漱石)

「二人で行ってきたら」
 苛々しながら冷蔵庫を開ける。
「気分転換になると思うけど・・・」
 母親が珍しく粘る。
「古いけどいいお家なの。拓ちゃん見たこと無いでしょう。先々は売るか壊すかになると思うから、その前に見に行かない?」
「ちゃん付けやめろ気色悪い!」
 バン!と乱暴に冷蔵庫を閉めた。大きな音に怯えた母親をそのままに部屋へ戻る。
 遅れてきた反抗期が腹立たしかった。

 翌朝、起きるなり拓朗は母親を怒鳴りつけた。
「母さんふざけんなよ。俺をからかってんの?」
 パートに出る支度をしていた母親がビクッとする。
「何?」
「手紙!あの猫母さんの差金?」
「猫?手紙?分からないわよ。何のことよ」
 怯えた母親。怒気を孕んだ息子の視線に抵抗する一方で、チラチラと時計を見る。
「あのね拓・・拓朗。お母さん遅れるからもう出るけど、帰ってからまた聞くわね。ごめんね」
 バタバタと玄関に向かう母が振り返る。
「猫って・・お母さん猫アレルギーだけど、何か関係ある?」
「は?」
 母親は首を傾げながら出て行った。
 家に残された拓朗は、握りしめていた手紙を広げる。
「じゃあこれ、誰」
 昨夜遅く、また猫がやって来たのだ。
 手紙には墨痕凛々しく
《母御には優しくするがよい》
と書いてあった。

 拓朗は返事を書いた。
《失礼ですがあなたはどなたですか》
《当方が猫の主ならば、貴君は猫の客である。まずは客人から名乗られたし。そも貴君は何者たるや》
(つうか、そちらの猫が俺の客なんですけど)
《何故母のことを書かれたのですか》
《君に孝、親に忠》
《逆じゃないですか》
 頓珍漢な内容を猫の郵便屋が届けるという奇妙な往復書簡。相手の老人は自称元実業家で、好みの屋敷を建てて気儘に暮らしているという。
 拓朗は飼い主を探すことにした。

 検索すると、猫の行動範囲は野良猫でも半径500m。飼い猫はもっと狭い。地図アプリで自宅を中心に範囲を絞って歩き回ったが、元実業家が建てたような豪邸は見当たらなかった。
(勝手にGPSを付ける訳にもいかないしなぁ)
 拓朗は猫の後をつけることにした。

 真夜中、窓から家を出る。庭先、ブロック塀、裏通り・・・
 外は程よい月明かり。

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