小説

『置いてけ屋』劇鼠らてこ(『置いてけ堀(埼玉県)』)

 アレかね、店の宣伝をする時は、”チョっと変わってる親父さん”にしてくれ、とか……そんなところか?
「兄ちゃん、一人で来たら、貰うモン貰うから、そのつもりでな」
「うげっ……了解。次来るときも、ちゃんと、つか絶対に後輩連れてくるよ」
「おう!」
 半ば脅しだが、まぁそれが普通だわな。
 いやはや、しかし驚いた。こんな店があるなんてなぁ。
 後輩一人を残して帰るのはちょみっとばかり気が引けたが、食いたいってんなら仕方ない。俺は俺で、次に連れて行くやつでも見繕いますかね。
  
 
 そこから、毎週毎週、会社の後輩やら年下の知り合いなんかを連れて、ここの居酒屋に来るようになった。
 親父さんのいう事はマジのマジ、もう何十回と来店してるにも関わらず、俺は一切のカネを払ってないと来た。んでもって、連れてきた後輩も後輩でハマるハマる。やっぱ三十代の俺とアイツラじゃ、胃袋の耐性が違うって話だわな。
 あと、別にお願いされたわけでもねぇが、俺と同じくらい年齢の奴らには、例の”チョっと変わってる親父さん”のいる店を紹介しておいた。こんだけタダ飯食わせてもらってんだ、店の紹介くらいの善行はしたって損にゃならないだろう。すると奴ら、翌日とかには悪い顔して肩組んでくるのさ。「良い店教えてくれたなぁ」って。
 ただ──そうなッてくると、減り始めるのは後輩の数だ。こればかりは失敗したか、と思ったね。善行気分で店の紹介をしたものの、俺の取り分とでも言えばいいか、連れていける年下がいなくなっちまってまぁ大変、と。リピーターを増やしたいって話だ、おんなじ奴連れてったって意味はない。普通にカネを取られて終わりだろう。
 毎週の楽しみ。俺のタダ飯。そのための年下、後輩、新人探しは、けれどあの店を知る同僚のだれもがやっていると来た。
 はてさて、本当に困った。もういない。もういないのだ。俺の人脈には、もう、タダ飯のために連れていける後輩がいなくなってしまった。
 
 そんな折、である。
 
「飲み屋、スか?」
「ああ。”チョっと変わってる親父さん”のいる飲み屋があってな」
 そんな言葉で俺を誘ってきたのは、俺よりかなり年上の上司。ああ、これは上にまで伝わってしまったか、と思った。
「あー、俺その店知ってるんスよ。つか、よく行ってるっていうか……」
「ん。全然かまわん。行くぞ」
「え、あー……ういっす」
 上司には逆らえない、というべきか。
 くあー、ようやく俺も金を払わされる時が来たか、というべきか。
 今回ばかりは財布を持って、上司と共に親父さんの店へと訪れる事となった次第である。
 
「生二つ」
「はいよぉ!」
 元気のいい親父さんの声に、けれどどうなるんだろう、と考える。
 新規さんだから、新顔だからと無料だったあの焼き鳥は、今回の場合どちらもそうでないと来た。なら、そもそもその奢りが発生しないんじゃないだろうか、と。

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