小説

『置いてけ屋』劇鼠らてこ(『置いてけ堀(埼玉県)』)

 都心から少し離れた所にある、些か寂れた小さな居酒屋。
 そこでは店主の親父さんが、”チョっと変わってる”って噂になってた。
 変わってる、なんて言ってもどうせ喋り方とか、奇抜な見た目とかなんだろうな、なんて思いながら、後輩を一人連れての入店。
 「いらっしゃい」なんて声は普通。どこにでもいる親父さん。暖簾を開けて、またも普通。店内も、そして親父さんの見た目も特におかしなところは無し。
 それじゃあ一体何が”チョっと変わってる”というのか気になるってもんで。けどまぁ、初対面。初入店で不躾極まりないのは社会人としてどうか、って話。
 席に就いて品書きを開けど、その中身を眺むれど、別段変わった所はない。どころか特徴的なものすらない、あんまり記憶に残らなそうな居酒屋だった。
「とりあえず、生二つ……じゃない、一つで。お前、カシオレだったよな」
「あ、はい。あるならそれで」
 塩辛いモン食いながら甘いモン飲むのは理解に苦しむが、それなりに行動を共にしていりゃ飲みモンの好みくらいは覚える。
 生ビールとカシスオレンジ。親父さんだけじゃなく、バイトだろう、大学生くらいの兄ちゃん達も観察してみたんだが、やッぱりおかしなところはない。どこにでもいる兄ちゃんに運ばれてきた生ビールとカシスオレンジも、やッぱり普通で、これはどうしたことかとなったわけで。
「なぁ、どうする? やっぱ直接親父さんに”アンタチョっと変わってるらしいじゃないすか”とか聞くのは流石に失礼だよな」
「先輩、失礼極まりないって言葉知ってます?」
「知ってる知ってる。だから迷ってんだよ」
 正直に言えば、その”チョっと変わってる親父さん”を見るためにこんな遠方くんだりにまで足を運んだのであって、それがガセなら来る必要もない。俺のよく行く店の方が顔も利くし、値段も安い。
 これは掴まされたかな、なんて後悔露に肩を竦めていたら、ふと俺達に影が差した。
「よぅ! お前さん達新顔だな? まぁ食ってけ食ってけ、自慢の焼き鳥だ!」
 なんと、親父さんその人がそこにいたのだ。そこにいて、両手に大量の焼き鳥の乗った皿を抱えていて。頼んでもいないのに、である。
「そりゃあ、ありがたいスけど、ちょいと量が……」
「なんだ? 値段のこと気にしてんのか? なら大丈夫、初回は俺の奢りだ、たんと食っていけ!」
「マジすか!」
 量が多い、なんて言い訳で断ろうとしたが、いや掌をぐるり。
 初回限定とはいえタダでこんだけの焼き鳥食えるなんて、断る理由が無いというもの。
 なるほどなるほど、”チョっと変わってる”ってのは、ご新規に優しいって理由だったのかと納得した。
 
 
 たらふく、と言える量を平らげた俺と後輩は、会計に進む。

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