小説

『置いてけ屋』劇鼠らてこ(『置いてけ堀(埼玉県)』)

 進む、わけなんだが、結局頼んだのは生二つとカシオレのみ。他は全部奢りだとかで、会計に一切含まれちゃいなかった。リピーター狙いなんだとしたら、それこそと”チョっと変わってる”。だって初回限定だと明言されてるんだ、あんまりにも美味しいってわけじゃねえココに、リピーターが来る訳がない。
 毎度毎度新規がタダ飯食って、噂はそれで広まって、よく経営が回るもんだと感心する。まぁ常連客が居ないわけじゃないみたいだし、何かカラクリがあんだろうな。
「オイ、そろそろ帰るぞ」
「あ……僕、もうちょっと食べてっていいですか。カシオレ分は払うんで、あとは自分でやるんで……」
「まだ食うのかよ! いや、まぁ、食べ盛りか。無料だもんな。りょーかいりょーかい、つかカシオレ分も払ってやるから、ゆっくりしてけよ」
「ありがとうございます」
 少しばかり驚いたが、確かに無料だ。無料と言われりゃ、俺みたいな三十路のおっさんよか後輩のような二十代前半の若者は食いまくりたくもなるだろう。胃もたれのしない体、良いねぇ、羨ましい。
 さて、会計会計、と。
「あれッ、親父さんが会計すんのか」
「いや何、兄ちゃんは言わなくても置いてってくれるってんだ、こりゃあ礼をしなくちゃあな、と思ってよ」
「置いてく? あぁ、金の事スか。いやだって、焼き鳥とかは無料だとしても、生とかは普通に頼んだわけですし」
「ん? あぁ、いい、いい、いい! カネなんか取らねえよ、新顔の客に。ウチはそういうのじゃねぇんだ。ただまぁ、もし次来る事があったら、また誰か連れてきてくれよ。兄ちゃんはハマんなかったみたいだが、ほれ、あの子はウチの味気に入ってくれただろ?」
 なるほど、そういう商売だったわけだ。
 リピーターにならない客からは金を取らない。代わりにその客にリピーターになりそうな奴……つまりまぁ、若ェ奴を連れてきてもらう。30のおっさんより若い奴のがたんと食うんだ、金も回る。別に悪い事してるわけじゃねえ。現に後輩にとっちゃハマる味だったようで、無心の無言でパクパク鳥を食っている。
「あー、だがよ、親父さん。次来た時は、流石に俺もカネ払わなきゃだよな?」
「わけぇの連れてきてくれたらまたタダでいい。んでまた置いてってくれよ、ウチに」
「よぅしわかった。良い商売だな親父さん。んじゃまた連れてくるよ、タダ飯食いにな」
 ちょいと声を細めてそんなこと言われちゃ堪らない。
 次来るときも誰か若い奴連れてくればタダでいい、なんて。そんな夢のような話があるのか、って。だが、本気らしい。出した伝票もぐちゃぐちゃに丸められ、カウンター内のゴミ箱にポイだ。こんな気持ちいい店があったんなら、もっと早く来るべきだった。
 幸いウチの会社にゃ若いのはたくさんいる。コミュニケーションの場にもなるし、ただ飯食えるしで、なるほど常連も多いわけだ。注意深く見れば入店客は必ず二人組以上で、結構歳の差ある奴らばっか。コイツラも年上側がタダ飯食わしてもらってんだろうなぁ。
「あァ、そうそう」
「ん?」
 店を出る直前、親父さんから声がかかる。

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