小説

『置いてけ屋』劇鼠らてこ(『置いてけ堀(埼玉県)』)

 カネを払えと言うのだろう。それくらい、当然だ。こんなにも美味いモノ、カネを出さねえ方が失礼だ。
「出たくなるまで食ってけよ、兄ちゃん。ただ、出るなら、置いてけよ?」
 わかっている。そんなことはわかっている。
 だから今は、この飯を食うのに集中させてくれ。いくらでも払うから。借金してでも払うから。
 だから──!
 
「置いてけよ、置いていけよ。誰か一人は、置いていけ」
 
 
 ──その後。
 俺がその居酒屋を訪れる事は無かった。
 だってまだ、俺は、ここにいる。
 ここでずっと焼き鳥を食べている。
 ずっとずっと、今まで連れてきた後輩や部下たちと共に、あまりにも美味い焼き鳥を、ずぅっとずぅっと食べている。
 
「置いていかれちまったなぁ、アンタ」
 
 置いていくものが、もう何も残っていないから、だ。

1 2 3 4 5