小説

『人工現実感』太田純平(『昼の花火』)

 背中から微かに男の声がする。
「安田! 安田!?」
 声が大きく、それも深刻な声だったので、俺は思わずVRゴーグルを外して振り返った。
「安田、心配したぞ、暫く動かねぇから死んだかと思って」
 同じクルーの若林だった。普段着ではなく宇宙服を着ているから、一仕事終えて来たばかりだろう。
「何だお前、また『彼女とデートなう』やってたのか?」
 若林がゲームソフトを取り上げて言う。
「確かにこのVRゲーム、リアルだけどよォ。好きな子の写真とかプロフィールをそのままゲームに落とし込めるし。でもだからといってお前、イイ加減忘れねぇと、昔の女のことは――」
「……」
 すぐには頭が追いつかない。ゲームがあまりにもリアル過ぎて現実とごっちゃになった。
「何ぼんやりしてんだよ安田。お前、自分が今どこに居るか分かってんのか?」
 若林が船内の窓を指さし言う。俺はゆっくり椅子から立ち上がり、三層になった分厚い窓ガラスの向こうに目をやった。蒼い惑星。母なる大地が見えてようやく実感する。俺は今、宇宙ステーションに居るのだと――。
「もう過去は忘れて、現実を見ろよ」
 宙に浮いた若林が言って、どこかへ消えた。

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