小説

『キャンディチョコレートスナック』柿沼雅美(『お菓子の大舞踏会』)

 僕はアイドルが好きで好きでしょうがない。ごはんも食べずにアイドルのイベントへ行ったり、アルバイトをしていた頃はその全ての金額を、社会人になってからも家賃以外のほぼ全ての給料を彼女たちにつぎ込んでいる。
 僕がだんだんと痩せていって、連絡もつかなくなったことを心配して、父親と母親が実家に連れ戻したけれど、気持ちはなんら変わっていない。むしろ、30歳にもなって実家にいるのが恥ずかしいからという理由で一人暮らしを始めたのに、こんなことになったから堂々と実家にいることができる。
 つまり、会社と仕事さえ我慢すれば、給料の丸ごとを彼女たちに使うことができるということだ。それも両親公認で。しかもだ、コロナ禍でリモートワークになったものだから、朝9時にログインして昼休憩の退室チェックをして、夕方6時にログアウトすればいい。なんなら、ログイン・休憩・ログアウトさえ分かり1日のタスクをきちんと終わらせていれば昼間であっても何をしていてもいい。
 不思議とタスク管理が整然となり、作業の集中力が増し、会議でも遮られずに意見を言えるようになった。僕はきっとリモートに向いているのだ。リアル出社とリアルコミュ力に向いていないと言えばそれまでだけれど。
 しかし残念なことに、この状況は僕や一般社会だけではなく、アイドルの世界もそうなってしまったこと。
 僕の楽しみと言えば、大所帯のグループのいくつかを箱推ししていたことだった。もう誰もが知っているだろう? 地域やコンセプトごとにグループが異なる。そのほとんどのグループもユニットまで網羅している。そうするとどうなるの思う? 毎日が多忙だ。信じられないくらい時間とお金がかかるのだ。
 4月にCDが発売になるとしたら、という話をしよう。予約開始日が2か月くらい前で、2月下旬にはその予約をする。1枚ではない。収録曲が違ったりジャケット写真が違ったり特典が違うならその全てを購入する。3月に入ったら先行視聴やタイアップをチェック。グループの冠番組があれば初披露されるだろうから毎週チェックだ。MVが完成したらYouTubeで発売前に半分だけ公開されたりするからそれもチェック。実は新曲が決まっている間にも前のCDのイベントが食い込んでいたりするから、休日は握手会に参戦したりもしている。スマホでグループのアプリが出たらダウンロードしてどのファンよりも早くレベルアップしたいし課金も負けられない。
 いよいよ発売となったら大変だ。CDに入っている生写真に一喜一憂したり、同じタイミングでメンバーのグッズが出たりするからそれも購入する。もちろんツイッターやインスタ、ウェイボー、フェースブック、ブログ、ホームページ、毎日チェックが必要だ。最近一番時間がかかるのは、メンバーたちの配信をチェックすること。
 メンバーによってはほぼ毎日配信をしている。忙しい子は夜中から始めたりするから僕も一緒に起きていてあげないといけない。そこでもアイテムをタップでプレゼントしたいし。同じグループのメンバーで時間がかぶっていたら、あの子のルームとこの子のルームを行ったり来たりでさぁ大変。
 あとは週に1回は劇場でライブを生で観るのだ。仕事が終わってから大急ぎで会社を出る。小鳥の巣立ちかペンギンの初入水の勢いだ。ばばばばばっと飛び立つ。小さい空間でメンバーたちを崇められるからという理由だけではない。劇場でしか聴けない曲が数えきれないほどあるの知ってる? まだ音源化されていないものまでやるんだから、行かない理由がないだろう?

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