小説

『キャンディチョコレートスナック』柿沼雅美(『お菓子の大舞踏会』)

 それだけであっと言う間に1週間が終わる。それを毎週毎週繰り返してきた。1つのグループでこんな感じ。もちろん他のグループのリリースも同じようにしている。同じ月にリリース、イベント、ライブが重なるともう体がいくつあっても足りないくらいだ。
 大きな会場でやる握手会も僕の癒しだった。握手して、目を合わせて、名前を呼んで呼ばれて、手を振って別れる。どんどん認知してくれて楽しいしかない。よくたった数秒のためによくあんなむさくるしいところ行って並べるなとかからかわれるけれど、並ぶだけで癒されるなんて最高じゃないか。言っちゃ悪いけど、帰り際まで手を振ってくれるなんて付き合いたての時期くらいしか他ではないだろうし。パチンコ屋に開店前から並ぶ人たちや、福袋のために夜中から座り込む人たちよりよっぽど健全だと思うね。
 ホールやドームでライブがあればもちろん行く。イベントごとに限定のグッズがあれば買うし、コンビニや商品とコラボするようなら毎日買う。そうやって気づいたら16歳から30歳になっていた。
 哀れに思う? ほんとごめんだけど、14年もひとつのことを続けられるって僕は才能だと思うんだよ。入社した新卒なんて1年も経たずに辞めたし、結婚式に呼んでくれなかった同級生は結婚生活が5年で破綻した。ハムスターの寿命なんて3年だよ? 新築のマンションの浴室乾燥機だって10年で交換したほうがいいのに。14年続いてる僕は褒めてくれてもいいくらいだと思う。
 時を戻そう。いや、話を戻そう。
 コロナ禍というのがアイドルの世界にも影響が出てしまっているという話。いつもならそんな感じで多忙にしているけれど、最近は多忙の種類が変わった。配信を追いかける時間が増えたし、イベントはほぼオンラインに移行した。現場に行けない代わりに、オンラインでライブをいくつもやるようになったし、オンラインサイン会、オンラインミートアンドグリート、限定グッズのオンライン販売、もはやインターネット回線が僕の血管のようだ。
 これで今どうなっているかと言うと、1日中、彼女を見る日々になった。
 朝起きてメンバーのアカウントのほとんどの投稿を見て、おはようの挨拶をコメントする。シリアルに牛乳をかけて食べる。リビングで毎朝母親や父親が何か聞いてくるけれど適当に返事をする。会社のシステムにログインする。仕事をする。ログアウトする。配信を見る。オンラインイベントに参加する。グッズをチェックして購入する。夜中になる。
 普通っぽいけれど、この中に大切なことが隠れている。会社にログインして仕事をしているのは、この手元のパソコン。でも僕の目の前にはもうひとつデスクトップのパソコンがある。たった今画面のなかで、優子ちゃんがほほえんでいる。隣には箱推しと言いながらも個人的に推している美優。そして机に立てかけてあるスマホにはぞくぞくとメンバーのSNS通知が届いている。
 そう、仕事をしながらメンバーを応援できる環境になっているのだ。この鬱々とした社会の雰囲気の中で、僕にはこの環境が癒しでしかない。

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