小説

『人工現実感』太田純平(『昼の花火』)

「VRとは、現物や実物ではないが、機能としての本質は同じであるような環境を、ユーザの五感を含む感覚を刺激することにより理工学的に作り出す技術およびその体系である」
 と今スマホで調べて分かった。あれから、最後の乗り物は何に乗ろうかと散々悩んだ挙句、建物の二階に来て「宇宙空間逆バンジー」というVR体験の列に並んだ。なんでも、特殊なゴーグルを装着することで、地上から宇宙空間へ飛び出すスリリングな逆バンジーが楽しめるという。だがそんな煽り文句の割には、隣のジェットコースターがあまりにも人気で、こちらの待機列は何人かのカップルと女性グループが並んでいるだけだった。
「申し訳ございません。本来は一度に四名様までご体験頂けるんですが、本日は生憎ゴーグルが二つしかございませんので、一度にご体験出来るのは二名様までとなっております」
 若い女のスタッフが三人組の女性客に言った。二人が体験し、一人が余る。あらあら可哀想なグループねと、彼女と目を合わせる。ブースには何やら映画館のように椅子が四脚並んでいて、その前に送風機やら音響装置やら仰々しい機械が置かれている。自動販売機なんかがある広間の一角で行われているから、廊下を歩く通行客が「何だアレは」と興味津々で立ち止まったりしていた。
 さて、例の三人組のうちの二人が左詰めで椅子に腰掛け、それぞれダイビングゴーグルのような機械を頭に付けた。そしてスタッフの説明が諸々あった後アトラクションが始まると、突然、椅子が激しく振動を始めた。
「キャー! キャー!」
 二人は高校生だろうか。キャピキャピと騒ぐ。だが我々を含め見ている客は当然の如く、彼女たちが何を見て何を楽しんでいるのかはサッパリ分からない。ドーンとかバーンとか流れる爆音に耳をやられながら、椅子が右に左に揺れ、送風機から猛烈な風が吹いているのを、ただただ無言で見守るよりない。
 いや、今の俺と彼女にはそれで良かったのかもしれない。俺は彼女の隠し事が気になっているし、彼女は彼女で俺の態度が気に入らないようだ。俺が悪いのか。いつもこうだ。俺は一生、彼女が出来ないのではないか。他の客が煩いとか、雨が降ってくるとか、男を匂わせる彼女の発言に心が痛むとか、酔い過ぎるとか――。デートの度に何かしら原因があって、彼女に告白することが出来なかった。それでも、彼女を想う気持ちは変わらない。きっと彼女もそうだ。彼女も俺に対して同じ気持ちだからこそ、新年早々こうして俺と遊園地に――。
「待つのって辛いね」
「え?」
 何の前触れも無く彼女が言った。
「待つのって……」
「もうすぐだよ」
「結婚するの」
「……ぇ」
「結婚」
「いやいやいや……」
「ずっと言わなくちゃって、思ってたんだけど……」
 女性客が終わり、続いてカップルが座席についた。
「お待たせしました~、ハイどうぞ~、お荷物はカゴの中にお入れ下さ~い、ゴーグルはまだ装着せず、膝の上に置いたままにしといて下さ~い」
 スタッフの子がマイクを使って案内する。ところが、案内された彼氏の方が全くスタッフの説明を聞いておらず、椅子に座るなり早速ゴーグルを装着してしまった。
「まだ装着しないでくださいね~」
 すかさずスタッフが注意する。彼氏は彼女にパシッと叩かれ、慌ててゴーグルを取り外した。それも一つのハプニングとして彼らは楽しそうに笑い合う。
 そんな様を、ただ見ているしかなかった。彼女も暫く黙っていた。俺たちは二つの人形だった。結婚するなんて聞いていない。それどころか男がいるなんて――。
「いつ――」
「え?」
「いつ……」

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