小説

『人工現実感』太田純平(『昼の花火』)

 遊園地の中をそぞろ歩く。一月にしては寒くない。彼女もさっき「暑い」と言ってグレーのダッフルコートを手に持った。ふと腕時計を気にする。十五時ちょうど。彼女も誘われたように腕時計を見る。時刻を知って何を思うのか。ちょっと惨めな気持ちになる。退屈な時間を提供しているようで――。
「あと一個だけ乗ろう?」
「え?」
「乗り物」
「あ、ウン……」
 残り一つという具体的な宣告にますます弱る。彼女とは未だに友達以上恋人未満だ。告白するタイミングなんて幾らでもあったのに。夏があり、互いの誕生日があり、クリスマスが――。
「アヒルは?」
「え?」
「アヒルのボート」
「水に濡れる系は――」
「濡れないよ」
「ウーン、でも……」
 八羽のアヒルの前で逡巡していると、ステージの方から突然「オォー!」と歓声が沸いた。見ると、歌舞伎役者に扮した若者が一人、マジックを披露していた。興奮に感染したみたいに彼女も「オォー」と呟く。彼女が「見てく?」と言うから、小さく首を振った。別に人混みが苦手なわけでも、マジックが嫌いなわけでもない。モヤモヤしている。心がずっと。彼女と待ち合わせをした時から――。
「怒ってる?」
 出し抜けに彼女が言った。
「全然」
「ウソだァ顔が怒ってる。謝ったじゃん、遅刻の件は――」
「いやいやいや、だから、別に怒ってな――」
「眼で分かるもん」
「……」
 そっちだって、と言い掛けてやめる。ステージから再び「オォー!」と歓声が漏れて会話も途切れた。
 彼女とは昼前に待ち合わせをした。ターミナル駅の改札で。そこに彼女は遅刻して現れた。どんよりと曇ったオーラを纏って。最初は遅刻した後ろめたさかと思ったが、彼女の瞳の奥にはもっと根深い何かがあった。折を見て「なに、どしたの?」と曖昧に訊いても、彼女は「寝不足で」と答えるばかりで何も話さなかった。一年半、同じ職場で働いていたからよく分かる。寝不足というのは単なる言い訳だ。絶対に何かある。俺に気を遣うような何かが。いつもは俺が二、三度突っつくと真実を話すのに、今日は何も言って来ない。彼女は何かを隠している。何かを――。
 パチパチパチ――――ッ!
 突如として花火のような拍手が鳴った。ステージだ。演目が終わり、また別のマジシャンが舞台に登場する。盛り上がりに居心地が悪くなり、静かな方へ退散した。
「なに乗る?」
 気まずい空気を打ち破ろうと、今度は俺から話し掛けた。彼女は茶色の後ろ髪をぐいっと前にもってきて、ねじるような手つきをしながら「え、楽しいやつ」と返事をした。
「楽しいやつ?」
「そう」
「……」
 女はいつも抽象的でずるい。お化け屋敷にメリーゴーランド。動くパンダの背中にレーシングカー。どれも見た目は楽しそうだ。とても楽しめそうにないが――。

 ×   ×   ×

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