『うん。一時間前くらいに約束したよ。でも遊ぶんじゃなくて、雄介が夏休みの宿題で、一個だけわからないのがあるっていうから、それ教えるだけだけど』
啓太に宿題を教えてもらいに行く途中だったのか。そう言えばもう夏休みも終盤、三日後から学校だ。
『雄介はうちの家に来たことあるんだけどね。そん時は他の友達と一緒だったから、雄介だけで道覚えてはなかったのかもね』
「そうなのか」
それから俺は改めて腕時計を見る。もう六時を過ぎている。外はまだ明るいとはいえ、小学生が今から遊ぶにはもう遅い時間だ。
「それなら雄介くんは、もうお家に送っていくよ」
すると自分の隣で雄介くんが驚いて俺を見た。焦った様子だ。でもやっぱり時間的に、今から家には連れて行ってあげられない。
俺は一旦電話を耳から離し、雄介くんに言った。
「ごめんね。でももう遅いから、雄介くんはお家に送っていくよ。また今度おいで」
宥める様に言った。それを聞いて、啓太が口を挟む。
『いいのお父さん？ 俺が雄介を送っていこうか？』
「いやいいよ。お父さんが車で乗せて行ってあげるから。この辺の地理なら大体わかるし。それじゃあ、また後でな、啓太」
『はーい。じゃあね』
そう言って電話が切れた。
雄介くんはうちに来れなくて落ち込んだ様子だった。そんなに今日、宿題を教えてもらいたかったのか。
「お待たせ、雄介くん。それじゃあ、行こうか」
励ますように笑顔を向けたが、沈んだままだ。しばらくしてようやく顔を上げ、答えた。
「でもおじさん、僕、自転車が……」
「大丈夫。おじさんの車に乗せられるよ」
それから雄介くんは素直に俺についてきた。自転車を車に乗せると、助手席に座った。
「さて、雄介くん。雄介くんのおうちの近くには、どんな建物があるかな？」
住所を訊いて番地までカーナビに入れてもいいけど、目印を訊けばナビなしでもすぐ辿り着ける。
すると雄介くんはじっと考えて、ぽつりと答えた。
「……六丁目のスーパー」
どこのことかすぐにわかった。了解、と言って車を発進する。ここから車で五分くらいか。
駐車場を出て中央分離帯のある県道を走る。街路樹の続く直線だが、目的地までは右左折が何度かある。こんな道でも小さい子なら迷うこともあるか。そう思った。
運転中、出発してからずっと隣で黙っている雄介くんに話しかける。
「今日はごめんね。宿題、また今度だね。でも夏休みはあと三日あるからさ。まだ間に合うよ」
優しく話しかけたけど、雄介くんは下を向いたままだった。
