小説

『八歳の親孝行』戸佐淳史(『親孝行息子』)

 そんなに急いでいたのか。確かにもうあと三日しかないけど、そんな五時も過ぎて慌てて友達を頼るほど、すぐやらなきゃいけなかったのか?
 雄介くんは黙って俯いている。理由はわからないけど、どうしても今日なんとかしたかったというのだけは、わかった。
 あまり話したくなさそうなので、しばらく黙っていた。すると雄介くんの方から言った。
「啓太のお父さん、今日はごめんなさい」
「え?」
 急に謝られて驚いた。
「啓太にも、謝っておいてください。せっかく早く帰れたのに」
「いやいや、いいんだよ。気にしなくていいよ」
 沈痛な表情に驚いた。ちょっと帰りが遅くなっただけだ。そんなに気にするようなことでもないのに。
しおらしい雄介くんにどう声をかけていいやら、運転しながら考えていると、もうスーパーに着いてしまった。
店舗正面の駐車場、お店の入り口から最も離れた所に駐車した。
「着いたよ、雄介くん」
 あえて言わなくてもわかるけど、それぐらいしか言うことがなかった。
 雄介くんは、静かにはい。とだけ言って車から降りた。俺も降りて、自転車を降ろして着地させた。
 雄介くんはありがとうございます、と頭をぺこりと下げた。しかしまだ浮かない顔をしていた。
六時半前。外はまだ明るい。もう少しだけなら、良いか。
「雄介くん。俺でよかったら、宿題見てあげるよ」
 え、と言って俺を見た直後、雄介くんはぱっと表情を明るくさせた。
「本当ですか?」
「うん。だって、一問だけでしょ?」
 随分と嬉しそうな様子だ。そしてすぐに手提げバッグから宿題を取り出した。
「やっぱり、今日終わらせたかったんだね。でもまだ三日あるのに、どうしてそんなに急いでたの?」
 すると雄介くんは俯いて、言った。
「だって、もう明日にはパパがチェックするっていうから。そんなこと、今日になって急に言うんだもん……」
 ぽつりと答えた。
 お父さんのチェック。なるほど。焦っていたのはそういうことだったのか。

 雄介くんと別れ、帰りの車の中で、雄介くんとの会話を何となく思い返した。
 怖かったのはお父さんのチェックか。しかし三日も残っていれば言い訳できそうなものだが、小さい子にとってはそんなもんか。自分も小さい頃は、今の自分じゃ理解できない些細なことが恐かったっけ。
 きっとチェックの予告をされた時、まだ宿題が終わってなくて、今日の夕方まで大慌てで進めたんだろう。しかしどうしても一問わからず一つ空白ができてしまった。
 そんな大ピンチに頼ったのが、うちの啓太だったのか。
 それと別に、もう二つ気にかかる言葉。
「啓太にも、謝っておいて」「せっかく早く帰れたのに」
 考えてみれば、俺が今日普段より早く仕事から帰れたことなんて、どうして雄介くんが知っているのだろう。
 考えられるとすれば、そりゃ啓太が話したしかない。
 この二つから分かること。

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